お引越し (1993)

"まだちょっとしんどいけど、ニコニコしている時間がダンダン増えてきました"

２０２４年８月の或る日、自分は「メトログラフ」と言う映画館で租米慎二の「お引越し」を始めて見に行った。その映画の内容やテーマについて何も知らないままで映画館に入った。別にこの映画を見なくちゃならないという気がなくて、ニューヨークの熱くてたまらない八月の太陽から隠れたら良いと、ああいうのんびりな沸けで映画館に入って座った。

漆場(うるしば)家の夕食。娘のレンコ、母のナズナ、父のケンイチ。

それなのに、映画が始まると、これが特別だとすぐ分かった。最初のシーンには、漆場の娘のレンコが、父から母へ首降りながら疑いの目を投げていた。母も父も食事から目を放さず、黙って魚を食べ続けた。三角のテーブルが槍先のように二人の間を分けていた。レンコは、どう言ってもその重い雰囲気を消すのは無理だった。「あ、離婚の話か」と、私は思った。

確かにこの映画は、芸術的には見事です。それと同時に、自分がこの映画に夢中したのは、芸術的な理由ではなく、とても個人的な理由です。自分の経験には、こんな離婚の話はとても親しい話なのです。別な社会に育てられた自分でも、レンコの気持ちがよく分かった気がしました。自分も、レンコと同じ５年生ぐらいの頃に両親が分けて離婚したものです。

もう一つのびっくりさせたのは、レンコの初めの「全然上手に食べられへんなぁ」の口調を聞いたところでした。「関西弁だ！」と思った。自分が大学生の時に京都で留学生したのですから、関西弁を聞くのは懐かしいです。

３０代の自分は何十年も幼い頃の両親の離婚について考えた事はなかった。その頃に受けた心の傷はもう治ったと思っていたけど、レンコを見ている間は、離婚の子の悩み、寂しさ、恥ずかしさ、そうして無力、全部が昔から波打ち込んできました。泣かせてしまったシーンは少なくなかったです。まず、レンコがお風呂に立てこもったシーンには「私なんで生んだ」と聞いた時。そうして最後の教室で論文を読みながら「まだちょっとしんどいけど、ニコニコしている時間がダンダン増えて来ました」とレンコが言った時、とても感度した。

映画が終わったら、自分は色々と考えた。なぜこんなに感度したのかと。ああ言う離婚の経験があった頃にはレンコと比べたら、自分はもっと静かで、なるべくお母さんに迷惑を掛けないようにしていた。もし自分が悩み、不満、不幸があったら、できる限りその気持ちを無視しようとしたのです。年を取ると、ダンダン痛みが減ったけど、今から考えると、その痛みと一緒に自分の何かを失ったかのような気がする。ちょっと寂しい思いです。

でもレンコは自分と違いました。レンコは文句があったら、迷惑をかけても両親に伝えました。そうして痛みや不安があったら、無視しないで、いくつかの和らげる方法があった。泣いたりはもちろんしたんだけど、よく使った方法は走る事でした。

アメリカでは、「頭」や「脳」は「心」と別だと言われて、脳は論理の器官で、心は感情を持つ器官だと思われます。特に男の場合には、大人に成ると言えば、やっぱりこの「論理」と「感情」を分けて、論理正しい生活がどのぐらい生きて行けるかという事に成る。

でもこの考え方は古くて、違うと思います。人間はロボットではなく、別々のパーツに分けたらダメです。もう少し全人的に考えると、体を動かす事で不安を和らげるのは当然なのです。レンコはこれをすぐ分かったけど、こんな簡単なものを忘れた大人は多いと思います。

だから映画のクライマックスの前にレンコがお母さんに「早く大人に成るから」と言ったら、自分は「あかん！」と思いましたけど、レンコが成りたい大人は、論理正しく、自分の気持ちを無視する大人ではなく、もっと全人的な、幼い頃の心の軽さを守りながら未来へ行ける大人だと思います。レンコなら、きっと出来ると思います。